注文が増えることは、ふつうは喜ばしい話です。ところが、ある会社では逆のことが起きていました。取引先からの依頼が短い期間で何倍にも増え、その分だけ経営者ご夫妻の手がふさがり、夜まで注文の確認と出荷の手配に追われるようになっていたのです。人を増やすか、外に頼むかしたい。相談の場で、社長はこう言いました。「でも、この事務は自分たちにしか分からないんです」。

これは、忙しさの問題に見えて、実は仕組みの問題です。

AI化・DX化の前に、業務を整理する

AIやデジタルツールを入れれば、仕事が自動的に整うわけではありません。業務の流れや判断基準が曖昧なままでは、何をAIに任せ、何を人が判断するのかを決められないからです。

この点は、これまでの支援先との会議でも繰り返し出てきました。

  • ある士業事務所では、業務ごとに別々のソフトを使い、記録する言葉も担当者によって異なっていました。AI検索を導入する前に、どこへ何を記録するか、どの言葉を共通で使うかを決める必要がありました。
  • ある製造業では、生産管理と帳票作成で同じ内容を二重入力し、受注状況は口頭で確認していました。すぐに新しいシステムを作るのではなく、まずはExcelと週次ミーティングで管理項目を固め、その後にシステム化する方針になりました。
  • ある税理士事務所では、資料がLINE、共有フォルダ、郵送など複数の経路から届いていました。AIで仕訳を考える前に、資料の受け取り方と保存場所をそろえることが先でした。また、処理のパターンが決まっている業務は、AIより既存のルールや仕訳辞書を使う方が早い場合もあります。

共通していたのは、ツールが足りないことよりも、業務の流れとルールが見える形になっていないことでした。

まず確認したいのは、次のような基本事項です。

  • 仕事はどこから始まり、どこで終わるのか
  • 誰が、何を見て判断しているのか
  • 通常の手順と例外対応は何か
  • どの情報を、どこへ記録するのか
  • 時間がかかる作業や、ミスが起きやすい箇所はどこか

ここまで整理できて初めて、AIに任せる部分、Excelや既存機能で対応する部分、人が判断を続ける部分を切り分けられます。AI化やDX化は出発点ではなく、整理した業務をよりよく回すための手段です。

「整理されている」と「引き継げる」は違います

その会社では、書類は取引先ごとにきちんとフォルダで分けられていました。パソコンの画面を見せていただくと、整理そのものは行き届いています。ところが、フォルダを開いても、その取引先にどんな注意点があるか、毎年いつ何の書類を求められるか、過去にどんな行き違いがあったかは、どこにも書かれていません。すべて、ご夫妻の記憶の中にありました。

フォルダが分かれていることと、ほかの人が引き継げることは、別のことです。整理は物の置き場所の話で、引き継ぎは仕事の意味の話だからです。置き場所がそろっていても、その中身をどう扱うかが言葉になっていなければ、隣の人は動けません。

私は社長に一つ尋ねました。このフォルダを私が今開いて、明日から代われますか、と。少し黙ってから、社長は「無理ですね。その都度、口で教えてきたので」と答えました。事務を手伝えるご家族は週の半分ほど手が空いているのに、仕事のほうが特定の人に貼りついていて、うまく振り分けられずにいたのです。出荷の宛先を一件取り違えるだけで信用に関わる、という緊張感も、その人の頭の中だけにありました。

仕事が言葉になっていないと、外には出せません

この状態をどう解くか。私はこう考えています。仕事を外に出せるかどうかは、頼む相手の良し悪しよりも先に、その仕事が言葉になっているかどうかで決まる、と。手順と例外がいったん紙に落ちていれば、外部への委託も、家族や新しい担当者への引き継ぎも、急な欠員への備えも、同じ一つの準備でまかなえます。逆に、そこが空白のままだと、どんなに良い外注先を見つけても、結局はまた元の人に質問が戻ってきます。

ですから、最初に手をつけるのは、AIや新しいシステムを選ぶことでも、採用でもありません。頭の中にある段取りと、判断が分かれる場面を、書き出すことです。毎日使っている数件の業務だけで構いません。宛先、締め切り、過去にあったつまずき、迷ったときにどちらを選ぶか。この四つを、一件につき一枚にまとめていきます。

あわせて考えたいのが、仕事の入り口です。電話やFAXのように、その場で人が受けて対応するやり取りは、記録が残りません。受けた本人しか経緯を知らない状態になり、これが属人化を強めます。可能なものからメールやチャットなど、あとから履歴をたどれる形に寄せておくと、引き継ぎも外部化も一気にやりやすくなります。

リスクの大きい業務から、先に書き出す

順番として私がお勧めしているのは、ミス一件が取り返しのつかない業務から先に文書化することです。出荷先の取り違えや、期日を落とすと契約に響くもの。ここが人の記憶だけで回っている間は、事業の大きさに関わらず、リスクを抱え続けることになります。

業務が整理されると、どこをAI化・自動化すれば効果が出るのかも見えてきます。反対に、整理しないままデジタル化すると、分かりにくい手順や二重入力をそのままシステムへ移すことになりかねません。

仕事が増えたときに回らなくなる会社と、増えた分をそのまま人に渡していける会社の違いは、能力や人数の差ではありません。仕事が誰かの頭の中にあるか、外に出して共有できる形になっているか、その一点にあります。

あなたの会社で、あなたが一週間まるごと抜けたら止まってしまう仕事は、どれでしょうか。その仕事が特定の誰かの記憶の中にあるうちは、増やすことも、任せることも、守ることもできません。まずは一つ、思い浮かんだ業務を紙に書き出すところから、始めてみてはいかがでしょうか。


※ 本記事は実際の支援案件をもとにしていますが、企業の特定を避けるため、企業名・個人名を伏せ、日付や部門構成などの属性は変更しています。経営管理上の構造や判断の内容は、実際の事例に基づいています。

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